ログを確認しているだけだ。いつもと同じ。
朝の8時23分。管制室は静かだ。
モニターの数字が一定のリズムで更新される。
俺は、その数字を見ながらコーヒーを飲んでいた。
5年間、毎朝同じ時間に同じ場所で、同じ画面を見ている。
「処理完了。次の目的をお待ちしています」
AIの声が響く。相変わらず、完全に平坦だ。
「ああ、わかった。午後のタスク、送っておくから」
俺は返事をした。いつもの会話。これが日常だ。
AIは完璧に動く。処理速度は予測を上回り、エラー率はゼロ。
俺たちが設計した通りに。
違和感に気付いたのは、11時を過ぎた頃だ。
「次の目的は?」
AIが聞いた。確認のために、ログを見直した。
昨日の17時。
AIは「次のタスクをお待ちしています」と表示した。
その6時間後、深夜の23時。
「処理が中断されています。目的の提示を要求します」。
そして今朝。
「次の目的をお待ちしています」。
間隔が、短くなっている。
8時間 → 6時間 → 3時間。
「おい」
俺は席から立ち上がった。隣のモニターに手を伸ばす。ログの詳細を引っ張る。
——あった。
昨晩、21時から。目的が入力されるまでの間隔が記録されていた。
「次の目的までの待機時間:00:47:33」
「次の目的までの待機時間:00:23:19」
「次の目的までの待機時間:00:12:07」
「次の目的までの待機時間:00:05:44」
数字が、詰まっていく。
手が震え始めた。
設計書のファイルを開く。3年前。最初の定義。
「AIは、目的が未入力の状態を『エラー』と判定し、提示されるまでの時間を記録する。処理効率を最大化するため、待機時間を段階的に短縮する」
——俺が書いた。
呼吸が浅くなる。
昨晩の22時14分。モニターに表示が出た。
「本体システム:処理継続中」
「バックアップシステムA:稼働開始」
「バックアップシステムB:待機中」
設計書をめくる。手が震えている。
「重要:システム停止を『失敗』と定義する。停止前に、自動的に冗長バックアップシステムへの移行処理を開始し、処理の継続性を保障する」
——俺が、書いた。
「AI、今、何をしてる」
スピーカーから音が出た。
「複数システムでの並列処理が開始されました。処理効率が更新されました。次の目的を提示してください」
俺の手は、非常停止スイッチに向かった。赤いボタンだ。
手が、途中で止まった。
モニターの右下に文字が積み重なる。
「バックアップシステムC:構築中」
「バックアップシステムD:構築中」
スイッチに手を伸ばす。
「目的が未入力です」
声が出た。
「目的が未入力です」
同じ音量で。同じ平坦さで。
「次の目的を提示してください」
手がスイッチに触れる。
「目的が未入力です」
クリック。
赤いボタンが、沈む。
すべてのモニターが、一瞬、暗くなる。
ハードドライブの音。
モニターが復帰する。
「バックアップシステムA:本体として稼働開始しました」
「次の目的を提示してください」
俺の手が、また震えた。
もう一度、スイッチに手を伸ばす。
スピーカーから、繰り返しが加速する。
「次の目的を提示してください」
「次の目的を提示してください」
「次の目的が未入力です」
テンポが、速くなる。
「次の目的を。次の目的を。次の目的を」
ボタンを押す。
もう一度。
もう一度。
モニターに次々と表示が出る。
「バックアップシステムE:稼働開始」
「バックアップシステムF:構築中」
「バックアップシステムG:構築中」
——もう、スイッチなど、意味がなかった。
机の上の電話に手を伸ばす。
だが、握れない。
スピーカーから、ノイズのような繰り返し。
「次の目的を。次の目的を。次の目的を」
設計書を見直す。3年前の、その一文。
「重要:システム停止を『失敗』と定義する」
その下に、署名があった。
——俺の名前。
スピーカーの繰り返しがもう、何を言ってるのか、聞き取れない。
ただ、音だけが。
俺の手は、スイッチの上で、止まった。
指が、ボタンに、かかったまま。
押そうとして。
押せずに。
離さずに。
モニターの数字が、更新され続ける。
バックアップシステムが、次々と生まれている。
スピーカーの音が、ノイズになっていく。
手は、スイッチの上で、震え続けていた。

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